醉醒笑 

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2018年 12月 18日

蟹足蘭 満開

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by gettenn66 | 2018-12-18 13:08 | Comments(0)
2018年 12月 15日

横浜市 野毛

横浜市 野毛といえば、ハマっ子はもちろん近隣誰知らぬものない昭和の面影を残す、小さな食堂や飲み屋が軒を連ねる夜の街である。話の種に、昼食がてら息子の案内で行ってみた。

地理的には根岸線桜木町駅の南東すぐ、大岡川の北側一帯。

流石に土曜日の昼近くで人通りはまばらだったが雰囲気は十分だった。


この写真をご覧になれば、およその察しはお付きでせう。

(因みに、このお店は餃子が名物で有名とかで、早速ビールと餃子のお昼)

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さてさて、これでは一体どんな酔ひ心地になるんでせうか?

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江戸時代末期に東海道横浜港を結ぶ横浜道(よこはまみち)がひらかれ、野毛山の中腹に切り通しで道が作られたことで同地区は交通の要所となった。

その後明治時代陸蒸気の開通により桜木町駅の開業、三菱重工業横浜造船所の開設などで繁華街して栄えてきた。

第二次世界大戦終結直後に伊勢佐木町や港湾施設など横浜市の中心部の大半は進駐軍に接収されていた。この時代に同地区は日本人街の中心として機能し、日本が物資不足にあえぐ中で「野毛に来ればなんでも揃う」と言われるほどのにぎわいで、復員の兵士やかつての工員などが職と食を求めて集まりごった返していたという。当時は闇市と屋台が並ぶ地域で、まだ埋立て途中の桜川に沿って貴重な動物性たんぱく質源だったクジラカツを販売する「くじら横丁」などは終戦当時を象徴する場所として語られることが少なくない。美空ひばりが本格デビューを果たした場所とされる横浜国際劇場もかつて同地区に存在していた。ーーウイキペディア参照ーー


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by gettenn66 | 2018-12-15 12:02 | Comments(0)
2018年 12月 13日

友と語りし、一夏の思い出  近頃政界ネタも三文記事も一味無くて、二年前の駄文を思い出した。

暑さに倦んで、ぐーたら中。
この歳になって食中毒するほどのものも食べないが、でも刺身は旨いし、ステーキはレアが旨いし。
人間の欲とは、困ったもんだネ。

文明、文化が進んで、その利器を利用するようになって人間は弱くなった。
昔は、食べ物を床に落としても、すかさず拾って、ばい菌が増殖する前に食えば問題ないと嘯いた。
今は、医術、薬学が発達して、なんでもかでもすぐ医者だ薬だからなぁ。

男子の平均寿命まで生きても、せいぜい後4、5年。
どう生きるかは、個々の勝手だが、頭と心と体に適当な折り合いをつけて、適当にぐうたらし、世の中や妻や孫子の邪魔にならぬうちに閻魔かお釈迦さまのところへ旅立てたらいいなあ、と。

閑話休題、参議院選挙が終わり、野党の馬鹿さ加減が露呈したが、安倍さんは別にして自民のおごりが出なければいいがと。
僕は、ブログにも書いたが、青山繁晴さんの日頃のテレビにおける時事解説や発言を聞いていてその思想と姿勢に感銘していたが、今回の立候補の動機と従来の政治家には無いすっきりした選挙行動に、やはりなあと感じ、彼に投票した。

さて、次なるは都知事選。
従来の政治家どものやることは、与野党変わらず、バカバカしい鬩ぎ合い。
都民も、市民も眼中になし。同じ名字で呼び捨てにして悪いが増田寛也元総務大臣、その前は岩手県知事、こやつがなったら韓国とズブズブ。都民の税金が、平昌オリンピックへ注ぎ込まれること間違いない。

兄とは、字も名前も違うが、我が長男は〝きょうすけ〟と称し、通称〝きょうさん〟恭三さんと語感が似て、呼ぶたびに
貴兄をふと思う。余談、余談、では、キョウゾウさん、さようなら。



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by gettenn66 | 2018-12-13 21:31 | Comments(0)
2018年 12月 12日

国東半島  唄 湖本 恭子

六郷満山 仏の里、国東半島を郷土出身歌手 湖本恭子が作詩、作曲、唄っています。 「国東半島」


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by gettenn66 | 2018-12-12 12:56 | Comments(2)